ステージは海の回廊

「小笠原レース2023」(4/23:三崎スタート)の舞台は首都圏に接する相模湾から南へ広がる海。きらめく島々が南へ連なる海の回廊なのです。

■ヨット乗りにとっての〝島〞とは

伊豆七島(いずしちとう)とは相模湾の南に連なる、
・伊豆大島(いずおおしま)
・利島(としま)
・新島(にいじま)
・神津島(こうづしま)
・三宅島(みやけじま)
・御蔵島(みくらじま)
・八丈島(はちじょうじま)
の7つの島を指します。
これに、
・鵜渡根島(うとねじま)
・式根島(しきねじま)
・八丈小島(はちじょうこじま)
さらに南の、
・青ヶ島(あおがしま)
も含めて「東京諸島」とも呼ぶそうな。

東京諸島観光連盟のwebサイトによれば、この中の有人の島と小笠原の父島、母島を含めた11島を〝東京11アイランド(東京諸島)〞と呼んでいるようです。全部東京都の島ですから。

有人の島限定というのは観光目的なら当然なんでしょうけど、我々ヨット乗り目線で言わせてもらえば、島は上陸して遊ぶだけではなく廻るもの。島の外周をぐるっと廻って帰ってくる、これを島周り(しままわり)のレースと称しますが、そんなレースの目標地点でもあるわけ。

となると無人の島も目的地になり得るわけで。
海まっただなかに屹立する、
・孀婦岩(そうふがん、そうふいわ)
や、今は無人島となっている、
・鳥島(とりしま)
なんかもヨット乗りからすれば多いに意味があるわけで。
ええワタクシ、鳥島の島陰で真冬の暴風をやりすごしたことがあります。
小さな絶海の孤島なんですが、標高394mの小高い山の風下側には穏やかな海面があり、これがたいそうありがたかったなぁ。

で、伊豆大島から孀婦岩までを伊豆諸島とも呼ぶようです。

伊豆諸島ってことは伊豆の島々なわけで、
となると、
・初島(はつしま)
・神子元島(みこもとじま)
なども、ヨットレースの目的地(回航地点)として相模湾のセーラーにはお馴染みです。

〝ヨットで外洋を走る〞という文化が我が国に広まって以来ずっと、これらの島々は目標だったわけで。ヨット乗りにとって〝島〞というのはそれは特別な存在なのです。

■距離的にみると

そんな南の島々は、距離でいえばどのくらい遠いのか。いや、わりと近いのか。
たとえば今回の「小笠原レース2023」のスタート地点である三浦三崎からは、
・八丈島 約124M
・鳥島 約285M
・小笠原(父島) 約500M
さらに南にはマリアナ諸島があり、
・グアム島 約1330M
・赤道までは 約2100M
となっています。
単位の「M」はマイル。海の上では距離はM(マイル)で表します。

海の上では緯度の1分を1マイルとしています。
海図で使うメルカトル図法上ではそれが一番都合が良いから。
記号はM。大文字のM。小文字のmだとメートルになります。

1M(マイル)は1.852km。
陸上の、主に米国で使われる1マイルは約1.609kmで、海の1M(マイル)とは別のもので、「インチ」「フィート」「ヤード」の上の「マイル」。ほとんどの国でメートル法が使われている現在、陸上マイルを用いるのは米国くらいでしょうか。
ああ、でも、ヨットの大きさは全長をft(フィート)で表すのが一般的ですし、ゴルフも距離は「ヤード」ですよね。なんでだろう。
googleマップで距離を測ると表示される「マイル」は陸上のマイルなので、御注意を。

海の1M(マイル)はノーチカルマイル(Nautical mile)、日本語だと「海里」という言葉も使われます。陸上のマイルとの違いをいちいち説明せずに済むわけですが、日本のヨット乗りの間で「海里」を使うことは希。
通常「マイル」といったらこの海のマイル(緯度の1分)のことです。

■時間的にみると

ということで、
緯度の1分が1M(マイル)。
で、
1時間に1M進む速度が1kt(ノット)。
と、シンプルです。
「時速1マイル」とは言いません。スピードは「ノット」です。

では、ヨットのスピードはどのくらいなのか。
前回の「小笠原レース2019」では、トップの〈TREKKEE〉は40ft艇で、所要時間が3日9時間(81.59時間)。500マイルとして計算すると平均6.12kt。最終の〈VEGA 8〉は33ft艇で4日17時間(113.72時間)ですから平均4.3kt。
同じ〈TRRKKEE〉はその前の「小笠原レース2017」でもファーストホームで、このときは2日20時間(68.62時間)ですから平均7.2ノット。速い。

いやいや、40年以上前の「第2回 小笠原レース」でトップの40ft艇〈光〉は2日20時間(68.76時間)平均7.2ノットとなっています。

Offshore 1981-6

40年間でヨットの性能はかなり進化しているはずですが、それよりも気象条件の方がスピードに大きく影響するということでしょう。

実際にはヨットは左右に広がって走ります。
この理屈は前に作った動画があるので、貼っておきます。

ヨットは最短距離を走るわけではないということ。
つまり、ここに挙げた〝スピード〞とは、目的地への接近速度のことになります。艇速自体はもっと出ているはずです。
このあたりを理解しておくことが外洋ヨットレースの観戦の第1歩かと。


ということで、「小笠原レース 2023」は直線距離にして約500M。3日から4日でフィニッシュとなりそうです。

では、
3日から4日間走り続ける航海というのは、はたして長いのか短いのか。

これは感覚的な問題になるので、個人的に言わせてもらえれば、
航海中は「長い」と感じるけれど、着いてしまうと「あっという間」、
という感じかと。

■船検としては

この〝距離感〞を法的に考えてみます。

外洋ヨットの船舶検査証書に記載される航行区域は、
・平水区域
・沿岸区域
・沿海区域
・近海区域
・遠洋区域
に分かれています。

「沿岸区域」とは海岸から5マイル以内。ヨットでも1時間走れば出てしまいます。狭い。
外洋ヨットに沿岸なし……かと言うと、大阪湾から瀬戸内海はずっと「平水区域」なので、関西方面は外洋ヨットでも「沿岸区域」で船検をとっているケースが多いようです。

その外側「沿海区域」は海岸から20マイル以内。

沿海区域 ・ A2水域 ・ N‐STAR衛星船舶電話の通話可能水域

で、相模湾。伊豆諸島でいうなら、御蔵島までが沿海で、その先は近海区域となります。

別に「限定沿海」というのもあって、これでも御蔵島まで行けます。

相模湾 限定沿海区域

御蔵島までは行けても御前崎には行けない。駿河湾には入れない。
と妙な〝限定〞なんですが。
搭載しなければならない法定備品は沿海に比べ圧倒的に少なくて済むので、相模湾の外洋ヨットは「限定沿海」で船検を取っている艇が多いようです。

船検備品リスト

船検備品リスト

で、小笠原に行くにはその先の「近海区域」になるわけですが、外洋ヨットでも「近海区域」で船検を取っている艇は希で、多くは上に挙げた「沿海」か「限定沿海」です。

ではどうするか?

レース公示では、

臨時航行検査証書は不可とし、臨時変更証書「近海への航行区域変更」は可とする。

とあります。
「臨時航行検査証書」と「臨時変更証書」はどう違うのか?

ググってみたら、10年前に自分で書いたブログがヒットしました。

自分でいうのもナンですが、よくまとまっているのでこちらを参照してください。

ということで、「沿海区域」の艇でも「臨時変更証」をとれば「近海区域」オッケーということです。あくまでも〝臨時〞ですけど。

■操縦士免許的には

一方操縦する〝人〞に対しては、海岸から5マイル以上になりますから一級小型船舶操縦士免許が必要になります。
5マイルっていったら、ほんと沿岸ですから。
外洋ヨットに乗るなら一級しかないだろ、と思っていたのですが、近畿も中部も結構平水区域が広く二級で日常はオッケーみたいで。
「相模湾では一級必須」に改めました。

ちなみに、領海とは基線から12Mまでの海域のことで。基線とは大雑把にいえば海岸線を直線で繋いだ線とでも申しましょうか。
12Mですよ。沿海で20Mですから、とにかく狭いです。前述の地図の赤い線の半分くらいしかないわけで。足の遅いヨットでも、全速で2時間も走れば領海を出てしまいます。

続く接続水域でもわずか24Mしかないわけで。
領海侵犯って、どんだけ近づいてるんだよ、と。

■外洋特別規定では

船検は日本の法律ですが、外洋ヨットレースの世界では国際セーリング連盟(World Sailing)が規定する外洋特別規定(OSR:offshore Special Regurations)があります。
外洋ヨットレースに出るためのルールの一つで、レースの難易度を0から4までのカテゴリーに分けて装備と訓練の最低基準を定めています。

カテゴリー 0
一時的な場合を除き気温または水温が 5℃(41℉)未満になりそうな地域を通過し、艇は非常に長期間にわたって完全に自給自足せねばならず、幾度もの激しい嵐に耐えうる能力と他からの援助を期待せずに深刻な事態に対処する備えを有しなければならない大洋横断レース

カテゴリー 1
陸が遠く離れた外洋での長距離レースで、艇は非常な長期間にわたって完全に自給自足せねばならず、幾度もの激しい嵐にたえうる能力と他からの援助を期待せずに深刻な事態に対処する備えを有しなければならないレース

カテゴリー 2
海岸線に沿って航行する、または海岸線から遠く離れない、あるいは囲われていない大きな湾や湖で行なわれ、艇には高い自給自足能力が要求される長期間のレース

カテゴリー 3
開放された水域を横断するレースで、大部分は比較的囲われているか、海岸線に近接している

カテゴリー 4
陸に近く、比較的温暖なあるいは囲われた水域で行なわれ、通常は日中に行なわれる短いレース

となっています。

レースの難易度(危険度)は単に海岸線からの距離で線を引くのではなく、こうした表現になるほうが自然かと。
「カテ3」とか「カテ2」とか呼ぶと通っぽく聞こえます。

OSRの日本語訳はカテ3から下がwebサイトに。

カテ2以上は書籍で販売されています。

ワールドセーリングのサイトは→こちら

「小笠原レース2023」は「カテ2」とレース公示で決められています。
上の文面からみると「カテ1」でも良いんじゃないかなぁと思いますが。
実際は「カテ1」と「カテ2」では搭載備品はほぼ同じです。一番の違いは「3.04 Stability」──復原力になりますが。話が難しくなるので、これはまた項を改めて。

■ライフラフトが必要な航海とは

で、ライフラフト。
先に挙げた船検で「臨時変更証」を取るときに必要になる装備で、正式名称は「小型船舶用膨脹式救命いかだ」。

これがOSRのカテ2でも必要なのですが、こちらはISO規格のライフラフトとなっており、しかし、この国際規格のライフラフトでは船検は通りません。

ここが一番の問題なのです。

前述のように「近海区域」で船検をとっている小型船舶はごく希なため、「小型船舶用膨脹式救命いかだ」の需要は極端に少なく仕様も古い。
対して世界的に広く需要のあるISO規格のライフラフトは改良を重ねておりハイスペックである、というのは日本のメーカーも認めるところ。

でも、そのハイスペックなISOライフラフトでは日本の船検は通らない。

ISO規格のライフラフトも日本で普通に購入できますし、メンテナンスも可能です。
ハイスペックなISO規格のライフラフトで船検が通るように、法改正していただけないものか。

「小笠原レース2023」のような〝ライフラフトの搭載を求められる海〞を走る本格的な外洋ヨットレースの存在が、ライフラフト問題を一歩前進させる力になるのではなかろうか。
なんてことを思いながら、本稿、執筆いたしました。

著者:高槻和宏

昭和30年(1955)生まれ。横須賀在住のマリンジャーナリスト。ヨット関連の著書多数。


※「その道は大海原へ」は、JOSAが目指すテーマです。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA