小笠原レース2025で2位入賞となったBITTER ENDスキッパーの鈴木裕介氏に参戦記を投稿いただきました。前回の小笠原レース2023終了後から再挑戦を意識して準備され、今レースで好成績を収められました。共に成し遂げたクルーとチームメンバーへの感謝、参加各艇と小笠原村、そしてレース関係者への想いなど、BITTER ENDチームの絆と敬愛に溢れた参戦記をお楽しみください。
JPN 1403 BITTER END
鈴木裕介

1. レース準備編
2023年のレース終了後から再度挑戦を意識しつつセーリング活動を続けてきた。前回はメンバーも直前に確定し少ない人数でフィニッシュするのがやっとの状況だったため、今回は早めに準備を進め“レース”をすることを意識した。
初期に決まったメンバーは、佐藤さん、宮内さん、清水さん。
3人は前回も一緒に参加し荒海を乗り切った。佐藤さんは最高のエンジニアで外洋レースを含む長距離航海の経験も豊富。宮内さんとは長年レースを共にし、何も言わなくてもわかっている、といった相棒的存在だ。清水さんは前回の小笠原に続き2回目、バウワークをはじめ卓越したセーリングスキルと経験を持っており頼れる軍曹といった存在だ。
コアメンバーが決まり直後に参加表面してくれたのが内海くんと永岡さん。内海くんは学連出身の若手30歳。外洋レースの経験も多く、2019年小笠原も有朋丸で参加したが無念のリタイアとなりリベンジだ。永岡さん(通称ヨネちゃん)は東京湾と相模湾でインショアからオフショアまで幅広く活動し、過去ビターエンドでも通算2,000マイル近くレースを共にし、2018年の沖縄東海レースでは荒海を乗り切った。
こうして2024年の秋までには6名が確定し、小笠原レースに向けた船の整備や練習を始めることができた。
その後年末から2月下旬にかけて上架整備による休止期間中に重野さんとダビットさんが加わった。
重野さんは2019年、2023年と小笠原レースに弥勒チームで参加しつつ自身の船とチームも持つセーラーで、私は2023年の小笠原以降JOSAの活動を通して交流させて頂いていた。ダビットさん(通称ダビちゃん)は日本で活動するフランス人セーラー。2023年秋のサバイバルトレーニング受講生として知り合った。一緒にセーリングする機会はなかったが、横須賀で船も所有しており名門samoaチームで修行中、外洋経験は多くはないが小笠原への熱意から参加希望の連絡をもらった。
こうしてメンバー8名となり2月下旬から残り僅かな期間で練習、整備と準備を進めていった。ビターエンドに初めて乗るメンバーも多く最初はワークがうまく回らなかったが、清水さんの的確な声掛けもあり徐々にチームワークもよくなりレースに臨むこととなった。

自分自身は2021年のサバイバルトレーニングの受講をきっかけに講師見習いとしてサバトレ各回に参加していた。2024年は貴帆(Class40)にて沖縄レースにチャレンジするも諸般の事情で直前にレースをキャンセル、沖縄-浦賀のオーシャンブートキャンプ(ダブルハンド編)としてオーシャンセーリングの醍醐味とノウハウを実践で学ぶことができた。
サバイバルトレーニングへの参画を通して、多くの高い志を持つセーラーや経験豊富なセーラーと出会い交流ができた。当然大きな外洋レース、とりわけ小笠原レースのようなカテゴリー2に属するレース前にはレース参加予定の受講者も多く安全意識の向上と共に有意義な交流の機会となった。
1月には北海道 室蘭でのサバトレに参加しOcean Boy(以下オーシャンボーイ)の熱意溢れる若手中心のチームと交流ができ、父島での再会を約束し室蘭を後にした。
2月に開催した北九州のサバトレではThetis-4(以下テティス)チーム、Hanamizuki(以下ハナミズキ)チーム、Crescent IV(以下クレセント)チームとの交流もでき、自分自身もレースに向けて気持ちを新たにすることができた。
話はビターエンドに戻る。
船の整備は風向風速計の不具合や衛星データ通信設備の更新などギリギリまで課題が残った。2023年のレースでは衛星通信の不具合で情報が最後まで取れず心もとないレースとなった苦い経験がある。スターリンク搭載艇も一気に増え、情報戦の中戦い抜くために通信設備は今や必要不可欠。もともと搭載していたドコモのサービスをワイドスターⅢに更新予定だったがなんとか工事も間に合い、ベストエフォート1.5Mbpsと痺れる速度だが何とか通信環境は確保した。
風向風速に関してはいろいろと調べた結果、マストトップのウィンドトランデューサの故障とマストトップのケーブル接続部の問題と判明。4月に入りギリギリのタイミングだったが宮内さんが半日マストトップで作業し修復ができた。 こうしてなんとか船の準備も整い、いよいよレースだ。
2. レース編
参加艇の中でビターエンドのTCCは一番低く、追う展開になる。2023年レースの反省を踏まえ、今回のテーマは2つ。ひとつはレーティングが一番近い船の近く、できれば目視できる範囲で走ること。もうひとつは気象、トラッキング情報を定期的に取得し戦略的なレース展開をすること。結果として船の性能、レーティングが最も近いテティスチームにいかに食らいつくかが結果に直結すると判断した。
レース前には各気象モデルの予測も収束していき、どうも南寄りの風を受ける時間が長い予想となった。ビターエンドは船齢30年ほど。参加艇の中で最も古く唯一の対象スピンネーカー艇。ダウンウィンド性能は著しく劣るが重さと安定性では一番。戦えるレンジは狭いがアップウィンドで吹かれる時間が長いと(嫌だけど、とても嫌だけど)チャンスがある、と思った。
気象予測では初日の夜と月曜の夜に南寄りの強風にさらされる予想。最初の24時間でいかに艇団についていくか、月曜夜に八丈島を通過する低気圧に吹き込む南風をどの位置で受けるように展開するかがポイントになると考えた。ラムラインより西寄りのコース、伊豆諸島に沿って南下し、鳥島付近で低気圧に吹き込み南風と対峙する計画だ。
レース前日の艇長会議
ウェザーブリーフィングを経て改めて戦略を確認。多少吹かれる時間もありそうなのでセーフセーリングを肝に銘じる。
その後の前夜祭では参加艇と健闘を誓いあった。
ここでSTARDUST(以下スターダスト)の矢口さんと再会でき嬉しかった。前大会では無念のリタイアとなり父島での再会を果たせなかった。強風化のレース中、トラブルによる八丈島緊急避難の一報は衝撃的だった。改めて小笠原での再会を約束した。
北海道からの遠征艇オーシャンボーイは活動期間が限られる環境のなか準備と回航を経てスタートに漕ぎつけた。中村オーナーをはじめクルーの熱意が伝わってくる。小網代で再開でき一緒にスタートできることは光栄だ。
こうしていよいよスタートが迫る。翌日からの戦いに向けビターエンドハウスで和やかな夜を過ごし眠りについた。

レース当日
ドックアウト直前のブリーフィングで気象状況と戦略を話し合い、無事に父島にフィニッシュすることを最大の目標とすることを確認し合い出航した。
いよいよレースが始まる。緊張と期待が入り混じるなかスタート海面を走る。
レースはその後の波乱を予感されるような静かな微風の中をスローペースでスタート。
フルメイン+ジェノアのセールセットでスタート。やはり艇団の最後尾から追う展開となる。各艇比較的近いコース取りとなる中、艇団の西側の位置に展開、18時からワッチ体制に入り徐々に上がる風の中を南下。テティスの動向に注視するも暗くなるころには目視で判別が難しくなった。
さらに風が上がり夜中0時のワッチ交代時にJ3に交換。風はクローズリーチからアビームといったところでこの夜はフルメイン+J3で乗り切った。御蔵島沖の悪い波に翻弄されヒールもきつく、程度の問題はあれど皆船酔いに苦しみながら初日の洗礼を受けた。薄明るくなる4時半ごろにタックし東へ向けるオーシャンボーイとミート。ヘッドセールをセットしていなかったが大きなトラブルでないことを祈りつつセパレート。
レース2日目

明るくなるにつれて風も落ち着き北西に振れ6時半頃スピンアップし八丈島へアプローチ。八丈島と八丈小島の間の水路は潮も早くスピンでは上り切れずジェノアにチェンジ。空は晴れ上がり気持ちいのいいセーリングとなった。ここで八丈島の電波をキャッチしトラッキング情報を確認。テティスチームも同じコースを1時間半ほど前に通過しておりその差11マイル。トラブルに見舞われた艇も多く3番手につけていることが確認できた。

初日のプッシュが功を奏していいポジションにつけたこともあり士気が高まる。天気も落ち着きヨネちゃんが用意してくれたフルーツを食べリフレッシュし皆笑顔が浮かぶ。この午前中はジェノアで心地よいセーリングとなり前夜の疲れを癒やしつつ400マイル弱残る戦いに備えることができた。

この間にビルジポンプの吸いが悪いことに気が付いた佐藤さんと宮内さんが船内でホースの掃除など整備をしてくれた。こういった細かい配慮と対処が外洋レースの重要な要素となるため2人に感謝が尽きない。


レース3日目
朝から雲が多くなり徐々に気圧が下がる。朝1014hPaある気圧も気象予測の等圧線では1008hPaまで下がる予測。気圧が下がるにつれて雲が暑くなり風が強まる。14時半ごろ鳥島の東をかすめるように通過するころには雨も降り出しいよいよ強風が迫ってくるといった様相だ。


気象(月曜夕方取得、この夜の鳥島南側の気象予測)

オーバーパワーになりつつあったためヘッドセールをジェノアからJ3にチェンジ。その後17時を過ぎ暗くなる前に風がさらに上がりメインを1ポイントリーフへ。作業中風速計が一瞬で35ノットを超え慌てて2ポイントリーフへ。40ノットが見えたときは一瞬焦ったがリーフ完了時には30ノット以下に戻り落ち着いた。暗くなると気圧計は1006hPaまで下がり予報通りの展開、サバイバルモードに突入だ。残された問題は依然西へ展開する中いつタックし東に出すか。恐らく夜中の強風と波はクローズを維持するのが難しく風下に流されるコースになると思われた。ただ翌日はライムライン上では北~北東寄りに風が入る予報もあり真後ろからの風を受けかねない。早すぎるタックやコースを落として楽に走ると取り返しがつかないことになりそうだ。こうなるとますます前を走るテティスの動向が気になる。ベストな位置でタックをしたいがあまり細目に情報が取れずやきもきした。19時ごろにポジションと風向きを考えタックを決断。この決断がミスでないことを祈る。タック時はミスがあり、オンデッキしていたジェノアを風上側へ移動する作業に入るときに切り上がりタックしてしまい、風下側で流れかけたジェノアを清水さん宮内さんが回収する羽目になった。この時波も高くなりヒールを抑えるために船を安定するよう懸命に舵をとるもなかなか上手くいかず、下側で頭から波を被りながら、というより頭から海水に浸かりながら辛うじてセールを回収した。ゲーター付のブーツが浸水し下着まで濡れるような被り方が壮絶さを物語っていたが二人とも怪我なく仕事をこなしてくれた。清水さんと宮内さんの安定したワークに救われた瞬間だった。
この夜の強風は一晩中続いた。真っ暗な空にさらに漆黒の雲が差し掛かると雨が強くなり強風をもたらすコンディション、集中力のいるドライビングを強いられる。風が少し落ち着きを見せてきたのはしっかり明るくなる時間だった。

レース4日目
夕方風が上がり始めてから12時間以上オンデッキしていたので7時ごろにキャビンに入り2時間ほど休息した。交代時間で叩き起こされるころには風が落ち着きリーフ解除済み。10時ごろヘッドセールもジェノアにチェンジ。痺れる夜だったが初日に体が慣れたこともあり全員元気にワッチをこなした。ここでトラッキングを確認したところ、夕方15マイルほど差があったテティスとの差が5マイルまで縮まっている!タックのタイミングと夜の粘りの走りの結果が出たようだ。この時点でクレセントは遥か先を行きどうしようもない。その他の艇はハナミズキに先行されているがレーティングでは大きくリードしている。残り70マイルを切り暫定2位の位置を死守できるかの戦いとなった。 テティスには高さでは追いついたものの横のレンジは広く風向に対する位置は悪い。昼頃には風がさらに落ち風向も後ろに回りスピンアップ。ストレスの溜る走りだがここでジタバタしてもしょうがない。いかに艇速を維持しながらコースを落としていけるか。より下に位置するテティスは角度をつけて走りやすいだろう、何時間差で入れるかな、などと想像しつつ自分の走りに集中する。清水軍曹の気迫のトリムで0.1ノットでも艇速を上げるべく心もとない風をつかんでいく。また軍曹監修の即席セールトリムクリニックも開催し、全員で一丸となって船を進める。



最後の夜は風も安定する予報もありスピンを張り続ける。日付が変わるころには15ノット前後の風が入り快走となった。明るくなると遠くに島影も見えてきていよいよラストスパートだ。

フィニッシュ直前ではスピンが一部切れて交換するトラブルもあったが快走し、いよいよフィニッシュラインに向けて最終アプローチ。
こうして7:14、4日と20時間の激闘を終えてフィニッシュし、2年ぶりの二見港に入港する。前回は夜中にフィニッシュ、直後にバケツをひっくり返したような雨にあったが今回は朝の静かな二見港に出迎えられた。全員フィニッシュに安堵し自然と笑顔になった。
着岸直前には海上保安庁の巡視艇の電光掲示に表示された出迎えのメッセージとともに船員がブリッジで出迎えてくれた。これは嬉しかった。 泊地では明け方フィニッシュしたテティスチームが出迎えてくれ、互いの無事と健闘を称え合った。タイム差から2位争いを制したようで、児玉艇長と握手を交わしたときは負けたよ~と悔しさを口にしていた半面、いいレースができてとても喜んでくれているような笑顔だったことが印象的だった。小網代のレジェンドたるテティスチームと争えたことは本当に光栄だ。

3. フィニッシュ後
今回の表彰式はコロナ渦も過去のものとなり大いに盛り上がった。
島の料理にスチールバンド、フラダンスとまさに楽園の島にフィニッシュした醍醐味が詰まっている。
各艇との交流も心地よく、スターダストの矢口艇長とは無事に父島で再会できたことを喜び合った。終始安定した走りでファーストホームを飾ったクレセントチームとトラブルに悩まされるも最後は圧倒的な走りの差を見せたハナミズキチームとはサバトレを経て父島で再開できたことが本当に嬉しかった。 そして遠く北海道からチャレンジしたオーシャンボーイチーム。初の本格外洋レースの洗礼を浴びフィニッシュ直後は疲労困憊だったが、チーム紹介の時は充実感に満ちた笑顔になっていたことが印象的だった。前回自分自身も這うように父島に辿り着き参加した表彰式後のパーティーで、同じ海を走り切った仲間たちと交流し今まで経験したことがないような達成感を感じたことを思い起こした。またチャレンジしたいと若手クルーの面々がとても充実した笑顔で話していたことが印象深い。必ず次回は優勝候補となるチーム、是非また一緒に走りたい。


フィニッシュ後に開催された体験セーリングでは、美しい湾内でセールリングを通して地元の方や中学生と交流ができた。セーリングを通じて地域に貢献できるのは光栄だ。


4. レースを終えて
今回も参加したメンバー、日々船のコンディションを整えてくれているビターエンドオーナーメンバーをはじめとするメンバー陣など多くの人に支えられてキャンペーンを終えることができた。スタート時にはビターエンドのたつおさん、勝海さん、インディカムのわりちゃんも駆けつけてくれてとても嬉しかった。
そして一緒にレースを走ったメンバーには感謝しかない。
長く一緒に乗り苦楽を共にした宮内さんは今回も常に安定したパフォーマンスを発揮し安心して走ることができた。参加に快く送り出してくれた家族にも感謝だ。

佐藤さんは今回も船の細かいところに気をかけ、快適・安全かつパフォーマンスを最大限に高めるために支えてくれた立役者だ。佐藤さんが一緒に乗ってくれる安心感は絶大だ。

清水さんは前回に引き続き2回目だが今回も軍曹・セーリングマスターとしてあらゆるコンディションで最高のパフォーマンスを発揮してくれた。清水さんがバウチームを率いてくれる安心感はとてつもない。

ヨネちゃんは夜辛い時間もあたたかいお茶を入れてくれるなど細かい気遣いで皆の士気を維持してくれた。ピットでも安定したワークをこなし様々な面で貢献してくれた。

内海くんは初めての船で慣れないなか、しっかりとワッチもこなし清水さんと連携して辛いバウワークを頑張ってくれた。今回のレース経験がさらなるステップアップに繋がればなによりだ。

重野さんは参加が決まってから準備期間は短く慣れない船とメンバーで戸惑った部分もあったと思うが常に冷静沈着に支えてくれた。ワッチは一番早くオンデッキし、常に声が届く横についていてくれ精神的にずいぶん支えられた。

ダビちゃんは初めての本格外洋レースで初日の夜は辛い夜を過ごしたと思うが懸命にワークをこなしてくれた。スピントリムも集中してこなしてレースに貢献した。次に繋がる経験になっていれば嬉しい。

そして忘れてならないのは陸上で陰ながらレースを支えてくれた9人目のクルーのニコママ。重野さん知人で常に気象情報とトラッキングで確認し情報提供して頂いた。私のわがままで予め決めた予定より多くお願いするも対応してくれて非常に励みになった。感謝が尽きない。
こうして素晴らしいチームができ2位入賞という結果もついてきて、充実したレースとなった。今回も外洋レースの醍醐味を存分に味わい高い達成感を味わうことができた。しっかりとレースを組み立てられたのは自分自身の経験値を積み上げる結果にもなったと思う。
レース後は妻と息子も小笠原に来てくれてフィニッシュ地を見せることができ、家族でゆっくりとした時間を過ごすことができた。

家族を呼んだため帰りの回航はお任せする形になってしまったが皆快く承諾してくれた。これまた有難い限りだ。
今回の小笠原レースも皆で力を合わせて無事に終わることができた。全員それぞれにキツイ時があったと思うが、それを乗り越え一丸となって戦えたことを誇りに思う。
やはり小笠原レースは楽しい。
次回の出場も目指し、これからも外洋レースにチャレンジしていきたい。

BITTER END 小笠原レース2025成績:2位(着順4位)
所要時間:92時間14分00秒(3日間12時間14分00秒)